【NA→ SA会議レポート】2021.6.11「ふくしま」を知る 〜まずは「知ること」から始めよう

NA→ SA会議_2021年5月

◆本イベントは東日本大震災の月命日である6月11日(金)に開催された【Next Action➔ SocialAcademia Project】のレポートです。震災から約10年を迎え、新たにゴールデンエイジと呼ばれる16歳から29歳までの若者が次の10年の復興を実行していくためのプロジェクトです。

◆イベント当日は、「行政からの視点」「地元からの視点」「外部からの視点」と3つの異なる視点から見た福島について3名のゲストから講演いただき、その後ブレイクアウトルームに分かれ、講演の感想や講演を聞く前と後で変わった福島の印象について話し合うアウトプットを行いました。
参加者のほとんどが現在の福島県の状況や浜通りに興味を持ち、このプロジェクトに参加しているため、大変学びのあるイベントとなりました。

日時:2021年6月11日(金)19時00分〜21時15分
場所:ZOOM
講演ゲスト:佐藤安彦さん(福島県 復興・総合計画課 課長)
和田智行さん(株式会社小高ワーカーズベース 代表取締役)
森禎行さん(ヤフー株式会社 CSR推進室)
司会:岩田萌さん(ソフトバンク株式会社 CSR本部長期インターン)
参加者数:39名

◆当日進行
1.開会の言葉
2.イベントについて
3.【行政からの視点】佐藤安彦さん講演(質疑応答含め)
4.【地元からの視点】和田智行さん講演(質疑応答含め)
5.【外部からの視点】森禎行さん講演(質疑応答含め)
6.参加者交流タイム(ブレイクアウトセッション)
7.全体共有
8.各イベントアナウンス
9.閉会の言葉
10.写真撮影

1.開会の言葉
ソフトバンク株式会社 CSR本部長期インターン生の菅野采颯さんより開会宣言が行われまし
た。

2.イベントについて
株式会社小高ワーカーズベースの野口福太郎さんよりイベントの目的や当日の流れについて説
明がありました。
以下、内容

本イベントのテーマ:「ふくしま」を知る〜まずは「知ること」から始めよう〜
本イベントの目的 :
①「ふくしま」への理解度を深める(インプット)
②自分にできることを考える(アウトプット)
本イベントの内容 :
前半:3名のゲストによる講演
後半:ブレイクアウトセッションに分かれて、アウトプット

3.【行政からの視点】佐藤安彦さん講演(質疑応答含め)
私は福島県南相馬市小高区出身。実家は、原子力災害に伴う除染を行い、線量を下げるために
一部の老朽家屋を解体した。

まず、東日本大震災の津波によって起こった東京電力福島第一原発の事故について説明したい。
福島第一原発には6つの原子炉があり、事故を起こしたのは大熊町側の1~4号機だ。
双葉町側の5、6号機は一時電源を失ったが電源を復旧させ、冷温停止させることができた。
1~4号機のうち、当時運転していた1~3号機がメルトダウン(炉心溶融=熱による燃料の損傷・溶融)を起こした。その後、1、3、4号機の建屋が燃料の損傷で発生した水素で水素爆発を起こした(4号機は3号機から管を伝って水素が流れこみ、建屋に水素が充満し水素爆発を起こした)。
2号機は1号機の爆発の衝撃で壁のパネルが外れて水素爆発は免れたが、ベントに失敗し格納容器から直接放射性物質を空気中に出したと見られており、最も多くの放射性物質を放出したとされている。
原子炉の冷却水と地下水が汚染水として、事故当初は1日400t程度発生した。抑制対策により徐々に減少し、現在は1日に130t程度発生しているとされている。その汚染水は、地上のタンクに溜め続けており、現在1000基を超え敷地内に置き場が少なくなっている。
汚染水はALPSという処理機で濾過することでほとんどの放射性物質を取り除けるが、トリチウムという水と同じ性質を持つ放射性物質は取り除くことができない。
政府は、薄めた上で2年後から長い年月をかけて海へ放出することを決定した。
トリチウム(三重水素)は健全な原発からも出ている(※)が、事故原発由来であるために人体や環境に影響がないのかといった不安が生じかねず、地元の漁業界の人々は、再び風評被害が大きくなるのではないかと懸念している。
<※トリチウムは弱いベータ線を出す放射性物質で、濃度が十分に低ければ人体へのリスクが低いとされている(過去には高級腕時計の蛍光塗料にも使われた。半減期12年(=放射線を出し終えた物質が半分になる期間。トリチウムは12年で2分の1、24年で4分の1、36年で8分の1となる)。なお、国内外の稼働している原発からもトリチウムは発生し、液体として海等に放出するか、気体にして放出している>
一方、東京電力福島第一原発構内の作業環境は放射線対策を進めたことにより大幅に改善し、構内の96%は一般的な作業服で作業できるし、構内には食堂もコンビニもある。一般の視察者も普段着で視察することができる。

震災から約10年が経過した。現在、南相馬市小高区には約3,800名、浪江町には約1,700名の方が住んでいる。震災直後から福島県産のものは放射線検査(米は全量全袋検査を昨年産まで実施。その他は計画的にモニタリング検査を実施。検査結果は全て公表)をしているが、現在は検査をしても基準値を超えるものは出ていない。しかし、検査をしていること自体を知らない人は約60%もいる。

次に福島で頑張っている人として高橋正行さんを紹介したい。いわき市の廃校を拠点の工場とし、間伐材を高級割り箸や鉛筆にして販売することで林業を活性化する活動をしている。2010年に創業し、2011年の震災・原発事故で一時は心が折れてしまったが、多くの方の応援もあって立ち上がりチャレンジを続けている。高橋さん自身は神奈川県出身だが、林業に関わる職人としてこの場所で頑張ると決めている。
最後に皆さんに伝えたい言葉がある。「私たちに変えられることは2つある。1つは自分自身、もう1つは未来だ」。福島県出身の野口英世の言葉だが皆さんにも是非覚えてもらい、自分自身と未来を変えていってもらいたい。

質疑応答
Q:佐藤さんがゴールデンエイジ(16歳から29歳以下)に求めていることは?
A:今の年代の時しかできないことがある。重荷に思わず思いっきり楽しんでほしい。

Q:行政の方とうまくお話しするためには?
A:制度がどうなっているとか、仕組みがどうなっているのか尋ねてみてほしい。皆さんから積極的に声がけして大丈夫。

4.【地元からの視点】和田智行さん講演(質疑応答含め)
株式会社小高ワーカーズベースの和田智行さんより20分間の講演がありました。
以下、内容

東日本大震災の影響で福島県南相馬市小高区に避難指示が発令され、住民全員が避難した。
一時は小高区の住民が0人になってしまったが、再び暮らせる環境をつくるために「地域100の課題から100のビジネスを創出する」をミッションに掲げて、「小高パイオニアヴィレッジ」というコワーキングスペースをはじめ様々な事業を創出してきた。
小高区は、南相馬市の一番南に位置しており、避難区域エリア。今では約3,800人が帰還しているがそのうちの半数は高齢者。避難指示区域の現状は、ネガティブかもしれないが、事実として東日本大震災後、4年間で10名の起業家と地域コーディネーターが小高区に移住してきた。さらに震災後、居住人口約3,800人のうち、震災後に住民登録した人は約600人(約16%)もいる。加えて、さとのば大学受講生の約半分の割合の方が受講後も小高区に滞在している。企業や人のみならず避難解除後の5年間でカフェも5件オープンしている。

「予測不能な未来を楽しもう」というテーマに共感してくれる起業家が集まっている。NA➔ SA(Next Action➔ Social Academia)の参加者にも欲しい未来を自由に発想して、それを実現しようということを伝えたい。自立した地域社会を作るためには、事業を起こすことが大事。企業誘致も有効だが、その企業がビジネスが成り立たなくなり撤退してしまうと、地域に課題のみが残る。
たった数社で成り立っている地域は簡単に突然死のようになってしまう場合がある。そこで大事なのは、小さくてもいいから多く物事を作ること。そうすることで、コミュニティーは活性化し、地域の中で色々な事業が起きるのが当たり前になってくる。抵抗を感じずに社会の変化に対応できれば死なない社会になる。そうすれば地域社会が成り立つと思う。

最後に小高区は手付かずのフロンティアである。住民全員が避難したことにより、グレートリセットされた。何もないからこそ自分で未来を作る実感が小高では得られる。今までもそうだったように「自分の小さな行動がまちを作る」と思う。NA➔ SAにもリーダーシップをとり、先陣を切ってみんなを引っ張ってくれる存在が出てくることを願っている。リーダーシップは先陣を切ることだけではなく、フォロワーも含まれている。何かしたいと思った時に、支えてくれるフォロワーはとても大事なので、NA➔ SAでもそのような流れが起きることを期待している。

質疑応答(感想)
・何かやりたいけど、先陣を切ることはできないかもしれないと不安。しかしフォロワーになって違った形のリーダーシップを取れば良いと思った。
・和田さんは小高区のお父さんポジションでいてくれることが本当にありがたい。

5.【外部からの視点】森禎行さん講演(質疑応答含め)
ヤフー株式会社 CSR推進室の森禎行さんより20分講演をしていただきました。
以下、内容

私は福島が大好きだ。特に「浜通りは日本一、行くべき場所」だと思っている。私は、毎日新聞で10年ほど記者をやったあと、ヤフーに転職しヤフーニュースの担当に加え、弁当屋もやっていた。さらにヤフー、楽天、アマゾンの3社での福島県産品ネット販売の立ち上げに加え、災害復興支援を防災士として行っている。副業として福島県移住アドバイザーを務めたり、大学の講師も行っている。

当時、新聞記者だった私は、東日本大震災発生後、いわき市やJヴィレッジを訪問し新聞に記事を掲載。原発については「廃炉に40年」と言われているが、個人的にはその期間では終わらないと思っている。日本原子力学会の報告書によると、100年から300年かかると言われている。そのことから「震災から10年」の時間軸は100年分の10年と考えている。

浜通りは、日本唯一のフロンティアである。歴史ある建造物や企業、文化が沢山存在する。複合災害により日本一課題が多い地域ではあるが、マイナスが多いほど前を向けることが多い。課題は沢山あるがそれ以上にワクワクする。課題は次世代も含めて解決していくもので、NA→SAもそのようなものになっていく。何十年後も続き、次世代に受け継いでいきたい。

最後にゴールデンエイジ世代の皆さんへ。まずは浜通りに行き、関わって「未来を共に創る」ことをNA→SAで行ってもらいたい。10年経ってもFUKUSHIMAと横文字で画像検索で調べると原発の写真しか出てこない。まだまだ福島は原発のイメージが消えていないのが現状だ。今回、五輪が開催されるのをきっかけに福島をアピールして行けたらいいと思う。

質疑応答(感想)
・食の地域課題に関心があるので「五感で地域を伝える、地域に色をそえる」ことは必要不可欠だと思った。

6.参加者交流タイム(ブレイクアウトセッション)
3名のゲストからの講演後、ブレイクアウトセッションで、講演を聞いた感想や講演を聞く前と後で変わった福島の印象、自分に何ができるかについて話し合いました。

7.全体共有
各ブレイクアウトセッションでグループ代表を1名選んでもらい、参加者全体にグループ内で話したことを共有しました。「福島県出身ではないが福島のことをよく知れた」や「フォロワーとして活躍することも立派な活動だと思った」などが共有されました。

8.各イベントアナウンス
今後のイベント情報などについて株式会社小高ワーカーズベースの根本李安奈さんより説明がありました。

9.閉会の言葉
ソフトバンク株式会社 CSR本部長期インターン生の菅野采颯さんより閉会宣言が行われました。

10.写真撮影
参加者で「Next Action➔ Social Academia Project」にちなんだ、矢印(→)のポーズで記念撮影を行いました。

● イベント全体の感想(抜粋)

○ 異なる視点の御三方の話を聞いたことで、むしろ共通の想いや課題が浮き彫りになったように感じました。

○ 前半3つの講演、後半のブレイクアウト、どれも有意義な時間にすることが出来ました!ブレイクアウトで一緒になった人から個人的な連絡を頂けたりなどもあったので、スラックにおける部活動にも発展させやすいのかなと思いました!

○ 自分のような外の人にとって、福島の今をいくつかの視点から捉えることができたのはありがたい機会だと感じました。一方で、もちろん未来を作る上で諸課題をプラスに捉えることも必要ですが、福島を捉えるにあたっては暗い部分(原発問題、避難者、風評被害など)を直視することは避けてはいけないと考えます。その部分を知る機会を今後

いただけると、自分たちが福島をフィールドにする意味を考えるきっかけになるのかなと思います。

● 行政の視点:佐藤さんの講演の感想(抜粋)

○ 行政の方のお話を聞く機会があまりないので、情報としては知っていたことも改めて聞くと新鮮に感じました。質問コーナーでの「行政だからといって固くなりすぎずフランクに」というお話は目から鱗で、とても印象に残っています。

○ 福島の悪いイメージが払拭されていないことに驚いた。いわき市は何も不自由なく暮らせているのに。 マスコミや行政の働きかけが重要になってきそうだと思った。

○ 佐藤さんのように肯定的な方ありがたい。行政の方は民間の気持ちがわかるが、行政との間で動きにくいイメージ。しかし、ジレンマより、共創していく方が何倍も力を発揮できるように感じた。

● 地元からの視点:和田さんの講演の感想(抜粋)

○ 復旧や復興でもない生活の延長線上での動きを感じた。

○ 和田さんの講演では裸踊りの映像が特に心に残った。一人一人がフォロワー、先駆者としての役割を持っており、先駆者は一人一人のフォロワーを大事にして行かなければならない、と改めて感じた。

○ 次世代の若者を育てるために様々なことに取り組まれていることを知り、嬉しくなった。

● 外部からの視点:森さんの講演の感想(抜粋)
○ 浜通りへの愛が伝わってきた。150年前は郡山がフロンティアだったという話から希望を持てた。
○ 福島大好きだからこその視点が講演の中に入っていて、聞いていて楽しかったです!
福島の復興を短期的な10年で見るのではなく、長期的な10年で見る、という新たな見方を示して下さり、復興に対する考え方も変わったな、と思いました。
○ 福島が好きというところがものすごく伝わってきて楽しい話を聞かせていただけました!

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